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厚生労働省は、社会保障給付費、とくに医療給付費に対する「伸び率管理」の導入に強硬に反対した。
厚生労働大臣の提出資料では、次のような反論を行っていた。
「社会保障制度を経済、財政と調和のとれた持続可能なものとするため、社会保障給付費の適正化は必要」であるが、「社会保障が『経済の規模と見合った』ものとなるよう、社会保障給付費、特に医療費の伸び率をGDPの伸び率に連動させるといった機械的な『伸び率管理』を行うことは不適切」である。
その理由の第一は、「『経済の規模』から『社会保障の規模』は一義的には導かれない」という点だ。
すなわち、「諸外国を見ても、『経済の規模』から『社会保障の規模』が一義的に決まるものではない。
社会保障の規模は、その国の実情に応じて、必要な給付水準、負担可能な水準等を考慮しながら、決定されるもの」であるというのである。
第二の理由は、「医療給付、介護給付の性質上、一律に枠をはめることは困難」であるという点である。
「医療給付、介護給付は、一旦、病気や要介護となれば、必ずサービス提供が必要となるもの」である。
「今後の高齢化等によって給付費の増は不可避」であり、そうしたなかで「GDPの伸び率といった一律の枠の設定によるサービス制限は、限界を超えた利用者負担や国民の健康水準の低下を招く」ことになりかねない。
じっは厚生労働省は、その四年前、すなわち平成十四年度医療制度改革において、みずから「伸び率管理」の導入を提唱したことがある。
しかし、そのときはまさにここで述べたような理由から猛反対にあい、撤回せざるをえなかった。
そして、平成十八年度医療制度改革においては、経済財政諮問会議民間議員からの提案に徹底的な反論を行ったのだ。
当時は小泉政権下であるが、この時期の経済財政諮問会議においては、民間議員が議論をリードしていた。
毎回の会議において、役所側にとってきわめてハードルの高い内容を盛り込んだいわゆる「民間議員ペーパー」が配布される。
そこでアジェンダ・セッティング(争点の設定)が行われ、「民間議員ペーパー」を軸に議論が進められるわけだが、総理の目の前で、「改革勢力」の民間議員と「抵抗勢力」の役所という対立の構図をつくりだし、「抵抗勢力」をたたきのめす。
そして、竹中平蔵経済財政政策担当大臣(当時)が「民間議員ペーパー」寄りの取りまとめを行い、それが経済財政諮問会議の結論となる。
「伸び率管理」をめぐる議論も、まさにこのような図式のなかで議論が行われた。
そして、その後も何度かの経済財政諮問会議において、「伸び率管理」導入の是非をめぐって激しい攻防が繰り広げられたのだ。
「伸び率管理」導入の問題点しかし、冷静に考えてみれば、「改革勢力」と「抵抗勢力」といったキャッチフレーズでとらえるような議論ではない。
厚生労働省の主張のほうがきわめて当然のことを言っているからだ。
医療の効率化は必要だとしても、具体的にどのような施策を行うのかという方法もないままに、とにかく抑制しさえすればよいというのは、まともな政策とはいえないだろう。
経済成長が低くなったからといって、国民に対して医療サービスや介護サービスをこれ以上受けるなということなどできはしないからである。
これに対して、平成十七年三月二十五日の経済財政諮問会議で、民間議員は「マクロ指標と給付費を機械的に連動させるわけではない」と述べた。
しかし、それではそのマクロ指標はいかなる位置づけのもので、どの程度拘束力をもつのか、さらにマクロ指標で「管理」するとはいったい何を意味するのか、まったく不明確である。
あまりに反発が強かったので、わざとあいまいな言い方で、責任回遊を図ったにすぎないように思われた。
そもそも、具体的にどのような施策で「伸び率管理」を実現するかについては、「医療サービス向上プログラムの策定」「診療報酬・介護報酬の改定方式のルール化」「保険給付範囲の見直し」という非常に抽象的な項目ばかりを並べたうえで、「厚生労働省が関係省庁と協議のうえ策定し、諮問会議で議論を行う」というのだから、それで日本の医療がどうなるのか、といった議論はなかった。
つまり、「伸び率管理」というのは中身が空っぽで、言いたい放題の議論だったのである。
それでもなお、社会保障費を無理に抑制しようとすると、どのような事態が生じるのであろうか。
この点を具体的に説明しているのが、経済財政諮問会議民間議員として伸び率管理を提唱していた吉川洋東京大学教授の「医療費全体と公的医療給付費を分けて考えるべきだ。
医療費が経済と連動しないのは厚生労働省の主張どおりだが、われわれの議論は別のことだ。
公的給付で医療費をすべてまかなうと負担が大きくなる」(「日本経済新聞」平成十七年六月十六日付朝刊)という主張である。
医療費全体は経済と関係なく伸びていく一方で、保険料と税でまかなう給付費は経済に合わせて抑制するということは、要するにその差額である患者負担を増やしていくということを意味する。
そこで厚生労働省は、この議論の過程において、「仮に給付費そのものを抑制する場合、単純に推計すれば、2025年度までに約4割の給付削減(59兆円138兆円)を行わなければならず、限界を超えた利用者負担を求めることになる(仮に給付削減分を自己負担の引き上げのみで賄うとした場合、現在実質15%の自己負担率を2・5倍〜3倍程度引き上げることになる)」と述べた。
そうすると、民間議員側は「そのようなことは主張していない」と反論してくるという始末で、本当に何を考えているのかよくわからない、まったく意味不明な議論であった。
そもそも、なぜ保険料や税の負担が増えることは認められないのに、医療機関の窓口における自己負担だけは増えていってもよいのかということに対する合理的な説明はないのだ。
小泉総理のひと言で決まった「目安となる指標」の策定こうして厚生労働省と経済財政諮問会議民間議員との攻防は続き、その過程で、民間議員は「GDPの伸び」という主張をやや修正し、高齢化要因を勘案した「高齢化修正GDP」という新しい指標を提案した。
これに対して厚生労働省は、医療費適正化は不可欠であるとしつつも、それと直接関係のないマクロ指標で医療費の伸びを管理することは不適切だと主張しつづけた。
さらに、「伸び率管理」に代わる医療費適正化の手法として、厚生労働省は生活習慣病対策の推進と平均在院日数の短縮を二本柱に位置づけ、都道府県ごとに医療費適正化計画を策定し、そのなかでこれらの施策に関する目標を定め、中長期的に医療費の伸びを抑制していくという対案を示した。
こうして、平均在院日数短縮の目標を設定することが「公約」になっていったのである。
その後も両者の溝が埋まらないまま平行線が続いたが、平成十七年四月二十七日の経済財政諮問会議において、当時の小泉純一郎総理大臣が「何らかの指標が必要」「何らかの管理が必要」と発言した。
厚生労働省がいくら抵抗しようとも、総理の発言はきわめて重い。
この小泉総理のひと言を受けて、もはや指標による管理の是非ではなく、それをどのように設定するかということに議論が進んでいった。
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